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KENGO's memo

ドイツ、カールスルーエ研究留学・インターン体験記、日々の思考の備忘録、フィリピン留学回顧録など

年末年始旅行⑥ スウェーデン編最終日&おまけにミュンヘン

2016/2017の年末年始旅行で8泊9日フィンランドスウェーデン→イタリアと巡ってきました。スウェーデンストックホルム2日間の最終日と乗り継ぎの時間に観光したミュンヘンを振り返ります。

弾丸観光で念願の黄金の間へ(ストックホルム市庁舎)

12月30日早朝6時半、まだ陽が全く出ていない時間に、友達が空港に行くのを見送るため、一行はそのままストックホルム中央駅へ。彼女はニューヨークで年越しするらしく、「テロに巻き込まれないでね!無事でー!またねー!」と無事を祈りながらバイバイしました。残された男2人は、眠い目をこすりながら朝ご飯を食べに、駅構内のEspresso Houseというカフェへ。このEspresso Houseというカフェはストックホルムでよく見かけました。スタバ以上におしゃれでのんびりできる空間で、朝の時間帯には隣で小さな子供を連れた家族が同様に朝食を取っていました。

腹ごしらえも済んだところで、さっそく、昨日目の前まで行っても中に入れなかったストックホルム市庁舎へ行くことに。駅から徒歩で向かいました。道に迷わなければだいたい15分以内で到着します。

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9時から開始されるガイド付きツアーは30分おきにあります。昨日の時点でそれを知っていたので1番最初のツアーの9時には間に合うように行きました。ガイドの言語は選べますが、基本的に英語ですね。プライベートでドイツ語のツアーが組まれたりしていました。この日は年末ということもあってか、14時までと言われていました。ツアーの料金は60kr(約800円)。これもクレジットで支払いました。荷物などがあってもツアー開始前に無料で預けることができますが、貴重品は自己管理でした。

結果的に言うと、このツアーで800円は内容的にも質的にもとても満足できました。ガイドの説明が綺麗な英語でとてもスムーズで分かりやすく、すべての情報がスーッと入ってきました。ガイドツアーの所要時間は約40-50分ほどかかります。

晩餐会の食器類

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まずはじめに目が留まったのが晩餐会に用いられる食器類です。一枚目の写真はノーベル博物館、二枚目は市庁舎で撮ったものですが、展示されている食器が若干違います。

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「面白い柄をしているナイフだなあ、どこが作っているんだろう」と調べてみたのですが、なんと!日本の新潟県に位置する山崎金属工業という会社でした!(参考)1991年のノーベル賞90周年事業の一環で晩餐会に並ぶ食器類すべてをスウェーデン製にする目論見があったそうです。しかしデザイナーに起用されたゴナ・セリン氏が複雑なデザインのカトラリーを要求。しかしスウェーデンの企業では研磨できる技術がなく、ゴナ・セリン氏が懇意にしていた山崎金属工業に依頼を出したのがきっかけだったそうです。そんなつながりがあったなんて面白い。ちなみに食器はスウェーデン製です。

青の間(ブルーホール)

最初に通されるのは青の間(ブルーホール)と呼ばれる屋内の広場のような空間。ここではアルフレッド・ノーベルの命日である12月10日に行われるノーベル賞授賞式のあとに開かれる晩餐会が行われます。晩餐会では”受賞者やその家族・親戚、友人や同僚、スウェーデン国王一家、大臣、政治家、国外来賓、さらには招待状を手にした一般市民など約1300人のゲストが参加します。そして230人ものウェイター・ウェイトレスが、総合指揮官のもと3時間半の接客を担当する”そうです。(引用元)。ガイドの方がおっしゃっていましたが、その人数のためゲスト一人が使えるテーブルの空間は50cmもないそうです。(もう少し詳細にその様子を見たい人はこちらへ。)上に載せた食器の写真の背後に見える晩餐会の様子を見ても、確かに人が多くてギチギチなのがわかります。

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 「青の間」の名前の由来は、床のタイルの色とも言われていますが、実はこの広場の外壁はもともと青く染められる予定だったというところが、本当の名前の由来だそうです。いまはレンガ造りのそのまま色をしていますが、建設途中にこの色のほうがいいということになり、青く塗られることはなかったそうなのですが、その時点ですでに「青の間」という名前で新聞などで各方面に知られてしまっていたため、青い外壁がないままでも「青の間」と言う名前が残ったそうです。

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この青の間には2階へ向かう大きな階段があるのですが、この階段を降りる際、ドレスを着た女性にとって嬉しい「ある仕掛け」があります。それは「向かいの壁にある星のマークを見ながら階段を降りると優雅に見える」というものです。星のマークはこの写真では向かいの壁のちょうど右から二番目と三番目の窓枠の間に刻まれています。

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拡大するとこんな感じ。レンガの色に紛れてよーく見ないと見えません。実際に、ツアーの一番最後に星マークを見ながら階段を降りることができます。自分でやったときは足元が見えないのでちょっと怖かったですが、上の写真のように、ガイドの人がデモンストレーションでやってくれた際には、とても優雅に見えていました。

市議会場

白く長い廊下を抜けていき、次に案内されたのは、ストックホルム市議会の議会場でした。

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ストックホルム市庁舎という名の通り、いまでも市庁舎としての機能があります。まさか議会場があるとは思ってませんでした。しかも議員は兼業であることが多いそうで、それには驚きました。この議会場にはスウェーデンのアートがちりばめられているというとでいろいろ説明を受けました。

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特に、議会場の天井が面白かった。議会場の天井はバイキング船の中にいるような造りの天井になっています。ちなみに、バイキング船の天井は真ん中が空洞になっています。その真ん中の空洞から空が見えるように、天井の真ん中にも星も一緒に青い空が描かれています。スウェーデンならではという発想ですが、「この議会場はストックホルム市内の空とつながっているので、嘘をついたらばれますよ!議会場での議論では内緒ごとはなしでオープンにしましょう!」という思いも込められているようです。素晴らしい!

フレスコの間(正式名称分かりません)

金の間に行くまでの間に、大きなフレスコ画があるホール?廊下?があります。

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階段を上ってきているのでこのホールは2階に位置しているのですが、廊下の左側は水辺が見えるようになっており、対岸の街並みがとてもきれいに見えます。対して、右側にフレスコ画が書かれています。

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フレスコ画の絵には、ガラスを通して見える、先ほどの廊下の左側の景色が描かれています。これはなぜかというと、この廊下?ホール?でもパーティーが開かれ、真ん中に長いテーブル席が置かれることがあるそうなのですが、その際に、どちらの席からでも窓からの景色を楽しめるように、という配慮でこのフレスコ画が描かれたそうです。なんとも粋なこと!

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このフレスコの間にはシャンデリアがあるのですが、鏡を利用したハーフシャンデリアが左側に並んでいます。これも面白い!鏡を用いることで、狭そうに見える空間も少し広く感じます。

黄金の間(ゴールデンホール)

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そして最後に通されるのがこの黄金の間。思わず息をのんで、見入ってしましました。こんな空間いままで見たことない!豪華絢爛とはこのことですね。この黄金の間で、ノーベル賞授賞式の舞踏会が行われます。映画の世界かよ!

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金の部分へ接近するとこんな感じ。一枚一枚タイルがあります。これで全体の絵が描かれています。

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ホールの左側はこれまでの時代の歴史や発明、発見などが描かれており、ホールの右側には神々や昔の王様やら女王様やらちょっとよくわからない人たちが描かれていました。(まるで教会っぽい感じ)とにかく、この空間に描かれているものはたくさんのモチーフ(エジプトのファラオ的な印も描かれていたり)が混ざっており、ちょっと不思議な感じがしました。これを設計したのはその当時(たしか)若干20歳の有能なドイツ人のアーティストだったらしく、長い年月をかけてこの金の間を仕上げたそうです。(正確な年数は忘れました…たしか8年とかだった気がします…)

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ホールの後ろはこんな感じ。上の方の絵が切れてしまっているのが分かりますか?

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 拡大したのがこれ。実は、上の写真でわかるように、絵の下に台座があること(女性が座っていますよね?)を計算に入れておらず、後ろの絵が全体的に台座の高さ分ずれてしまったようです。馬に乗ったのは王様。首が切れているのはマズい…となったわけですが、その時点でもう変更不可。そして行きついたのは、「実はこの王様は首を切られて亡くなったという経緯があり、それを表現した」という奇跡的な辻褄合わせでした。本当にこの王様がなくなった際に首が切られたのかどうかわかりませんが、そういうことで設計ミスがなかったことにしたそうです。これまた面白い話です。(もう少し詳しい説明があったのですが、すでに1か月経ってしまっていてすでに記憶があいまいです。気になる方はガイドツアーで聞いてみてください。)

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正面の絵がこんな感じ。この真ん中の人物は市庁舎が面しているメーラレンコ湖の女王だそうです。膝元には市庁舎が描かれています。その左右に描かれているのは西洋、東洋の国々らしく、

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左の、西洋側には当時(1900年ごろ)できて間もない自由の女神像とともにアメリカ国旗が描かれています。自由の女神像の右側はタイタニック号ですかね?エッフェル塔も見られます。対して、右側の東洋側には像やモスク、トルコの国旗が描かれています。日本的な要素はないので、この当時、まだまだ日本は極東の国としてもまだ広く認知されていないようでした。(当然ですよね、日本がようやく鎖国を終え、近代化し始めた時ですから)

ツアーのガイドの話を聞きながら、この黄金の間の細部を鑑賞するにはとても時間が短かったように感じました。また行く機会があれば、また面白い発見があるかもしれません。

不運?幸運?17世紀最大の軍艦(ヴァーサ博物館

実は前日にも足を運んでいたヴァーサ博物館。閉環間際に行ったもののやっぱり入れませんでしたというオチで、市庁舎と並んで悔しい思いをしていたのですが、こちらも行くことができました。入館料は100kr(約1300円)とちょっと高い値段。クレジットカードで払いました。館内を回った時間はフライトの関係もあったので1時間ちょっとだったのですが、正直なところ2時間ぐらいじっくり見たかったです。

さて、この博物館、一体何がメインかというと、17世紀の処女航海で不運にも沈んでしまったスウェーデンの軍艦「Vasa号」です。沈んでしまったものの、333年の時を経て海底から引き揚げられたため、当時の軍艦をそのままの形で見られるという世界遺産レベル級の素晴らしい博物館なのです。大航海時代といわれるのは15世紀から17世紀前半にかけての期間なので、このVasa号が作られた時期と少し時期がかぶっています。パイレーツオブカリビアンなどの大航海時代の海賊系の映画が好きな人には、当時の船の雰囲気がここで存分に楽しめます。ちなみに、その当時の船がそのままの形が保たれた状態で展示されているというのは世界でここが唯一だそうです。

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チケットを買って、館内に入るとすぐに目に入るのがこの光景。大きすぎて全貌が分かりません。朽ちることなく残った17世紀最大の木造船のこの重厚感のある色合いに圧倒されました。

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館内はこのヴァーサ号がある吹き抜けのエリアの隣に5階か6階まで展示スペースが広がっています。1階のエリアは、少し進むとミニチュアのヴァーサ号も発見しました。当時の色合いを再現してあったので、いかに美しかったか目にすることができます。

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同じ階には、いかにしてヴァーサ号が沈み、いかにして発見され、いかにして引き上げられたのかが展示されていました。

1625年、ヴァーサ号が発注された年にスウェーデン海軍は時化によって10隻もの戦艦を座礁させ失っていました。「一国の富は、神の次には国の海軍にかかっている」と国王も言っていることから、スウェーデンにとって海軍はとても重要なものであると考えられており、この10隻の難破は海軍にとってとても痛いものになっていました。その後、ポーランド軍との海戦での略奪や別の時期の時化による座礁などで1620年代に合計15隻の戦艦を失うことになります。ヴァーサ号はそのうちの1隻ですが、これは端的に言うと設計ミスによる沈没でした。ヴァーサ号はさまざまな装飾を施された最高の戦艦で、敵国からもその建造が注目されており、ストックホルム市民からは建造時から称賛の的となっていました。が、結果的に、上に重心が行き過ぎてしまっていたという設計ミスで不安定な戦艦になってしまい、処女航海時に沈没するという結末になってしまいました。沈没の原因となったのは、ヴァーサ号はこれまで作られた船の中でもより大型で、頑丈で、大砲の数も多い船だったため、これまでの造船では通用した経験や寸法が通用しなかったからだったと結論づけられています。

ヴァーサ号は沈没した直後に、処女航海を監督していたフレミング提督のもとで引き上げの作業が行われようとしていたのですが、うまくいかず、高価な大砲のみを引き上げることも試みられるのですが、結局、1660年代まで進展はありませんでした。その間、いろんな冒険家や宝探し屋がヴァーサ号の貴重品を取ろうと何度も試みられていますが全て失敗に終わっています。

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1660年代になって、ヴァルムランド地方(スコットランドから車で5時間北西にいった地方)の人とドイツ人たちの試みによって、釣鐘型の潜水器を使って大砲の引き揚げ作業をすることになったそうです。空気が釣鐘の上部にたまるので潜水夫が釣鐘の中に入り、そこで息をしながら鉤や特殊な工具を使って作業を進めるという方法が取られました。これで海底30mまで行き作業をしたらしいのですが、実際に展示されていた釣鐘に入るととても窮屈で、しかも足元しかない視界はほとんどないといってもよく、こんな足元だけの狭い視界の中でよく海底で作業ができたなあと感銘を受けました。しかも、作業をしていた時期は10月末、水温はとても低いことが容易に想像できますが、潜水夫は革製の服を着て、皮のブーツを履いて潜水していたそうです。1664年から1665年の間に64門の大砲を引き上げることに成功しました。その後もう1門の大砲が1683年に引き上げられ、17世紀の引き揚げ作業は終了しました。船体全体を引き上げるのは価値がなく、相当の労力をかけなくてはならない上にそのような技術が確立されていないこともあり、断念されたようです。

20世紀に入り、16世紀及び17世紀の海戦史研究をしていて、特に沈んだ軍艦を中心に研究をしていたアンダシ・フランセーン氏が1956年に再びヴァーサ号を発見しました。17世紀の引き揚げ作業終了以降、再びどこにヴァーサ号が沈んでいるのか分からなくなっていたそうなのですが、実際に四爪錨とおもりを何度も海底に下すことで見つけることに成功したそうです。その年数、約5年。

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これがフランセーンの研究資料と実際に使われた錨(いかり)とおもり、そして発見の瞬間の再現です。バルト海の海水の塩分含有率が低いことにより、バルト海には船食虫が存在しないため、沈没した木造船が浸蝕されずに海底にそのまま残る、という条件を知っていた上で、ひたすら錨をおろしたフランセーンの熱量に感無量です。

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20世紀のヴァーサ号引き揚げで次にキーパーソンとなったのがペール・エドウィン・フェルティングという潜水夫でした。上の写真が当時使われていた潜水器具一式です。いまと比べるととても重そうな印象を受けます。フランセーンの発見後、フェルティングが実際に潜って、ヴァーサ号がその場所にあることを確認しました。もともとフェルティングは経験豊富な潜水夫であったので、その後、ヴァーサ号の引き揚げ作業の潜水関係の責任者になります。翌年の1957年には、スウェーデンの企業ネプチューン社と海軍が引き揚げに協力することが決定。「ヴァーサ号を救おう」という全国的なキャンペーンが行われて、寄付金や必要な物資が基金、個人、企業からあるまり、海軍からは船や人員が無料で提供されたそうです。ヴァーサ号の建設時にも国を挙げてのことであったので、このように時を経て再び国を挙げての動きに発展したのはとても面白いですね。

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1957年秋に始まった引き揚げ作業は、まず船体に傷がつかないように船底の地面に6つのトンネルを作り、そこにそれぞれワイヤーを通し、6本のワイヤーで船体を引き揚げていくという手順でした。その作業をするのはもちろん潜水夫たち。とても危険で労力のいる作業だったことが想像できます。重い潜水スーツに身を包み、海底30mという光がちょっと届きにくくなるぐらいの海の底で、いつ崩壊してもおかしくない1000トンのヴァーサ号を上にしながら、トンネルを掘り、ワイヤーを通していくという作業に毎日命をすり減らしていたことでしょう。トンネルの掘削作業は2年間続き、1959年8月末に第一引揚日が来ました。ここから16段階の引き揚げ作業が行われましたが、浅瀬に辿り着いてから最終引揚をする前にさまざまな準備が必要でした。それは船体が崩壊しないように船体の穴が開いたところを塞ぐこと、一部の壊れた船尾や砲門を修理することでした。これが出来なくては、船体の水を抜ききることが出来ず引き上げることが困難です。これにさらに2年間の時間が費やされました。

そして1961年、20世紀に再び発見されて約5年の歳月、沈没してから333年の歳月を経て、ヴァーサ号は再び太陽の光を浴びることになりました。フランセーンとフェルディング、この2人と引き揚げ作業を支えたスウェーデンの企業や海軍そしてスウェーデンの人たち、そして17世紀に引き揚げ作業をしていた人たち、それらの努力の結晶がこの館内に形作られていると思った時、思わず鳥肌が立ちました。

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ちょっとぼけてしまっていますが、船尾の下のほうから見たヴァーサ号。とても大きく、そして彫刻の数々が、色あせてしまっていてもはっきりと形を残しているので圧倒されます。

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実際の色合いも、プロジェクターで後ろの壁に移されていました。嬉しいことに、どの彫刻がどんな意味をしているのかといったことが船体の周辺にたくさん紹介されています。

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ほかの階の展示では、船内に残っていた船乗りたちの食器や服、装飾品といった生活品であったり、砲弾、剣、銃といった戦闘時に用いる武器、船内の断面図、船体の彫刻品に使われた塗料、引き上げ後にどのように保存作業を行っていったかなどが展示されていました。砲台があった空間も再現されていましたが、思っていた以上に狭い空間でした。

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でもメインは船体に施されている彫刻の説明です。言ってしまえば、この船一つが一つの美術館のようなもので、すべての説明を見ていると、地下1階から5階、ととてつもない量の彫刻を見ないといけませんでした。さすがにそんなに時間もなかったので飛ばし飛ばしで見ていきました。

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嬉しいことに日本語表記もあったりしたので、英語表記と合わせて彫刻の解説や説明文を読んでいきました。船の基本的な説明から、彫刻の細かな意味まで書かれてあります。船の彫刻には、神話に出てくるような海の神々や伝説の生き物系、スウェーデンに関係する国王や紋章、これまでの海戦に関係があるものなどなど多岐に渡っていました。なかでも面白かったのが「ポーランド人」という彫刻品。これは船の前方付近にあったのですが、ポーランドとの戦いの最中に建造された船であったので、「戦いにおびえる姿をしているポーランド人」を船の彫刻にわざわざ取り入れるというところに面白さがあって笑えました。

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ヴァーサ号はそのままの形で海底にあったと言っても、やはりところどころに欠けている部分はあります。そういったところは補われていていますが、上の写真のように木の材質が異なっていてはっきりと見分けがつきます。(横にずらっと並んだ砲門の獅子のいかつさにはもちろん惹かれました)

不運にも処女航海で沈んでしまったヴァーサ号。それから389年経ったいま、こうして当時の戦艦が目の前で見られるのは、逆にとても幸運なことだなあと思いました。皆さんもぜひ行ってみてください。

※WIREDではヴァーサ博物館のことが記事になっているので、こちらも見てみてください。

「はい、一旦ドイツでぇ~す」(ミュンヘン新市庁舎)

ヴァーサ博物館をあとにしたあと、あらかじめ予定していた市内出発の時間を少し過ぎていたので、バタバタでアーランダ空港へ向かいました。電車で空港付近の駅まで行き、そこからバスに乗り換えてどうにか時間内に空港に着くことができました。しかし、飛行機の搭乗は30分ほど遅れている始末。ストックホルムからベルリンへ行き、ベルリンからトランジットでミュンヘンに行く計画だったので、トランジットの時間が間に合うかが問題でしたが、結局何も問題なく乗り込むことができました。

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昼過ぎにストックホルムを飛び立ち、気付けばもう夕方でとてもきれいな景色を見ることができました。

そして、19時にはミュンヘン中央駅へ。実はミュンヘンへは3年前に来たことがあります。当時学部2年生で、ドイツで3週間環境スタディーツアーに参加しながらいろいろ頑張っていたのですが、ミュンヘンで最終日にオクトーバーフェストに1人で参戦し、3L飲んでゲロゲロになりながらホテルまでなんとか辿り着き、翌朝のフライトで日本に帰ったというとっても濃い~思い出があります。ミュンヘン自体には、ベネチア行の夜行バスを乗るためだけに寄ったのですが、23時半出発だったので時間つぶしに、夜ご飯を済ませた後、3年前ぶらぶらしていたマリエン広場(新市庁舎)方面へ行くことにしました。

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ストックホルムよりも寒い謎の寒波でミュンヘン市内はとても寒く、さらに全体的に霧がかっていたのですが、それもとても綺麗で思わず新市庁舎をパシャリ。この日は12月30日、年の瀬であったので、少し早目の新年を祝って、通りがかりの人たちを沸かしているパフォーマーがいました。

それでも全然時間を潰しきれないのでまた駅に戻って暖を取りながら、ネットを使いまくります。この時は「逃げ恥」を見漁っていたのでずっと見ていました。めちゃくちゃキュンキュン状態で寒い冬に一人。とても人恋しかったです(笑)

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23時ぐらいからコーヒー片手に、中央駅から歩いて15分ぐらいのZOBというバスステーションに向かって歩き出しました。ベネチア行きはいつもお世話になっているFlixbusで行くことになっていたので、専用の待合室でバスが来るのを待ちます。

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バスが来て、「よし、あとは寝るだけ。朝起きたらもうベネチア…あーこれから念願のベネチアに行くのか」と思うとなかなか眠りにつけませんでした。ただ、一瞬でも3年ぶりにミュンヘンにやってきたこと、そしてまさかいまこんな旅行に出ているということ、そのどちらも改めて「信じられない出来事だなあ」とか、この3年間どんな成長をしてきただろうかとか、いろいろ振り返ったりしていると次第に意識が薄れていきました。「このまま眠りについてしまおう。」

 

朝。起きるとそこはベネチアでした。(イタリア編へ続く)

 

KENGO

Januaryは新始動の月

気づけば、カールスルーエでの生活も折り返し地点を過ぎました。

正直なところ、「過ぎてしまった」というのが正しいです。研究活動での成果もまだ文章にまとめることできてもなければ、もともと予定していた5月以降のインターン先もいまだに決まっていない状況で、ちゃんと手を打っているはずなのにそれでも感じてしまう「焦り」が常に頭の中にあります。

トビタテ修行計画の質向上ともどかしさ 

2016年10月の時点で計画していたインターン先の企業から正式に断りの連絡をもらって以降、2017年5月以降のインターン探しをしなくてはなりませんでした。が、10月はそれに時間を割くこともできないぐらい家さがしで奔走することに。ずっと滞在していたホテルに追い出されることもあり、毎日家さがしでサバイバルでした。11、12月は家に住んでからの生活に慣れることや役所関係の書類作業、それまでできていなかったビザの手続き本格化した実験の作業、そして年末旅行の準備など…という形であっという間に時間が流れてしまいました。

12月から改めてこちらでのインターン候補企業の情報をまとめたり、絞っていたりしたのですが、新年があけ、企業のインターンの目的ややりたいこと、できること、得たいことをもう一度考え直しました。それに伴って、企業でのインターン以外に、アジアでのフィールドワークを考えるようになりました。

きっかけは日本のNPO(APEX)がインドネシアで炭のガス化の実例をつくっているのを知ったことでした。炭のガス化は日本の大学の方でも行っている研究で、それがすでにインドネシアのある村で稼働し、発電し電力を供給しているというのです。これはおそらく世界初の事例で、今後インドネシア、フィリピンなどといった島嶼国での無電化地域の電力供給の仕組みを変える可能性があります。ほかにもAPEXではバイオマスガス化発電施設をNEDOやSATREPS(JICAとJSTの共同プロジェクト)といった機関から支援されたプロジェクトもやっており、以前から一度は現地で視察させてもらいたいなと思っていました。

そもそも、私の1年間のトビタテでの修行テーマは「欧州とアジアをつなぐ再生可能エネルギーのリーダーになる」であり、欧州とアジアでの再生可能エネルギー(特にバイオマスエネルギー)の環境・エネルギー政策、ビジネス、技術、コミュニティの変化など全般を理解することが今回の大きな目的でした。「欧州」での研究活動とインターン以外にも、もしAPEXでのプラントの視察ができることがあれば、「アジア」ので実例かつ自分の研究内容に酷似した世界初の事例を見るというのもテーマにそったものであり、この1年間の経験をより濃くするものだと確信しました。APEXのインドネシアでの視察は交渉中です。

・・・と思っていたら、この文章を書いている途中に展開がありました。4月までは予定が確定しないとのことで、留学期間中のフィールドワークは見送ることにしました。帰国前の8月下旬または9月に視察を考えたいと思います。

一方で、企業のインターンの交渉はというと、リストに上げた企業にいくらメールを出しても、全く返信が帰ってこない状況。たまらず、日本の大学の指導教官やこちらでの指導教官にも自分がいけそうなインターン先がないかを聞いたり、FB上ではトビタテコミュニティと自分のポストにもヘルプの状況を投稿しました。ビザの申請やトビタテの計画変更申請期限が2月末というのもあり、かなり切羽詰まっています。まるで10月の家さがしの状況に似ており、精神的にも詰められています。(実際のところ、体調も少し崩してしまっています。)早く5月以降の計画が定まり、研究にも本腰が入れられるように祈るばかりです。

・・・と思っていたら、またまた、この文章を書いている途中に急展開が!1か月前に連絡していたドイツのバイオマスガス化のメーカーから連絡がありました。会社でインタビューをしたいということなのでもしかしたらすぐに決まるかもしれません…1か月も温めるなよ~

研究

研究のほうはというと、新年が明けてから新たに行っていく実験装置の組み立てを行って以降、まだ新たな実験はしていません。去年やり残していたサンプルの分析を数回行った程度で、基本的にはオフィスの時間が長かったです。そして、つい先日、2月から4月末までの課題が与えられました。簡単な論文を書いて、4月の最後のセミナーの機会に10月からの内容をまとめてプレゼンをするという内容でした。これまで具体的な予定がないまま研究活動をしていたので、(その分、自分の調べごとに時間が割けていてよかった点もありましたが)向かうべきゴールの枠組みが決まって少しほっとしています。インターン探しのことはありますが、あとは淡々と実験と論文作成に身を投じていくことになりそうです。

私生活

私生活のほうは、筋トレや週末にブログ記事をしたためるのがもはや習慣になりました。前に比べて見違えるぐらい筋肉量が増えました。筋肉をほめながら毎日筋トレ&プロテイン摂取に励んでいます。ブログ記事を書くのは少し骨が折れますが、経験したこと以上の情報を得られますし、振り返って咀嚼してまとめるというのは気分転換にもなるし、週末の時間の使い方としてとてもいいなーと思っています。

英会話、ドイツ語の勉強にはPodcastを使うようになりました。正直、「なんでいままでPodcastを使ってなかったんやろう?」と後悔しています。オフラインでも英会話の勉強や好きなDJのラジオを聞けるというのがおすすめ!オンラインのときにあらかじめ気に入っているプログラムをダウンロードしておけば、オフラインのときにできることの幅が増えるので、かなり重宝しています。(ちなみにこちらでのキャリアは通常の10€のプランだとだいたいどこでも通信量は750MBぐらいまでしか使えないので、Wi-fiが使えないところだと基本的にオフラインであることが多いのです。)

ヨーロッパで人気のテーマパーク、EuropaParkというところにもカールスルーエ留学中の日本人4人で行ってきました。テーマパークのキャラクターがユーロマウス君というやつで、どこかで見たことがあるような風貌をしていましたし、要所要所でツッコみどころが満載のとても楽しいテーマパークでした。(まるで中国のパクリディズニーランドみたいな(笑))行った日は冬シーズンの最終営業日が翌日に迫っているということもあってか(それとももともとなのか)、どのアトラクションも待ち時間0分というとてもうれしいコンディション。パーク内で一番速いジェットコースターは2回行きました。そして、なんとVRのヘッドマウントをつけて楽しむVRジェットコースターもあって、体験してきました。これほど楽しいジェットコースターはない!とおもいましたがやっぱりVRは頭が痛くなる…それだけが難点でした。乗り物以外にも、ショーが充実していて、サーカスだったりジャグリングだったり、どれを見ても質が高かったのが印象的でした。カールスルーエからはバスで1時間20分程度で行けました。機会があればぜひ!

この間は、念願のブンデスリーガ1部、ドルトムントマインツの試合を見に、マインツにも行ってきました。マインツホームのOpelArenaで立ち見でしたが、サッカーの専門スタジアムの雰囲気、とても楽しめました。ドルトムントの香川は試合には出ずベンチで温存、マインツの武藤は先発出場、後半で途中交代しましたが、どちらも間近で見れて良かったです。

EuropaParkとブンデスリーガのことについては時間があれば書こうかなと思います。(早く年末年始旅行書き終えなくては・・・)

最後に

同期の就活の話も最近ちょこちょこ耳にします。みんなやっぱり大学院の授業に研究に就活にいろいろてんやわんやみたいで話を聞いていて大変さがものすごく伝わってきます。修士1年の夏からインターンなどに本腰を入れていた人たちもいるので、実質的にそのあたりから就活が始まっているという意識がある人もいます。(僕は夏前は授業と留学準備で奔走していたのでインターンの応募すらしていませんでした。)自分も本来ならこの時期に就活をスタートしているのかと思うと、大企業orベンチャーの選択だったり、業種も「エネルギー分野に関わりたい」というだけでまだまだ幅が広いので、同じようにてんやわんやしていただろうなと容易に想像できます。何事も経験してみないと判断できない性格なのでなおさら。

僕の就活は1年遅れますが、いろいろちゃんと準備していないと失敗するなあと思わされました。まだ就活モードに入るには早いですが(というかいろいろ経験しながらキャリアの幅を広げたり、絞ったりするのは常にしていますが)、やはり最低でも語学力のばすのはこっちでしっかりやろうと思います。

同期がどんどん次のステージに向かっていて、それを横目に、たまに、俺は一体ドイツに来てまで何をしているんだろう?とか思ったり、謎の「焦り」を感じたりしちゃうのですが、その度に「僕は全力で遠回りしながら夢を追っている」といつも思い至ります。(と思うことにしています。それが人生ってもんでしょ!)

自分に厳しく、夢に向かって、お互いに頑張りましょう!

 

KENGO

 

 

年末年始旅行⑤ スウェーデン編1日目

2016/2017の年末年始旅行で8泊9日フィンランドスウェーデン→イタリアと巡ってきました。スウェーデンストックホルム2日間での1日目を振り返ります。

北欧のベネチアストックホルム

前日からVINKING LINEという船に乗り、ヘルシンキから船旅でストックホルムのある港に到着した翌日の朝。時間は現地時刻ですでに10時過ぎ。船内のご飯は少し値段がしたので、朝飯も食べず、ものすごいお腹がすいている状態でした。

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港について、手前にある絶壁にびっくりしながら、向こう側に見える綺麗な街並みの旧市街地(ガムラスタン)を眺めながら、近くのメトロの駅に着くまで歩くこと約15分、ずっと日本食のトークをし続け、僕たち日本人は3人とも一致して「ご飯もの」を食べるモードになっていました。そのうち一人はストックホルムの名門大学、KTHに交換留学をしている身で、今回のストックホルム滞在はその友達の家に泊まる予定になっていたのですが、「うちの大学に近くに、割とおいしいビビンバを食べれるところがあるよ?行く?」となり、朝昼兼用メシでビビンバを食べる事が確定しました。そうこうしているうちに最寄りの駅につきました。

通貨要らずの理不尽な改札システム(ストックホルムの通貨・交通事情)

ストックホルムのメトロ、便利なところと不便なところがありました。最近は日本でもちょこちょこ券売機でクレジットカードが使える場所が出てきましたが、まだまだ現金だけしか受け付けてないところが多いですよね?(関係はないですが、新幹線の予約システムだってほんまにややこしくて、僕はいまだにみどりの窓口で買ってます)現金しか受け付けてないのは、外国人旅行者にとっては結構面倒なシステムだなあと思っていますが、欧州では基本的に券売機でもクレジットカードが使えます。進んでます。ストックホルムももちろんそうでした。

もっと言うと、スウェーデンの通貨はユーロではなく、スウェーデンクローナという通貨で両替が必要かなと思っていたのですが、両替しておく必要は全くありません。なぜならどんなところでも、たとえコインロッカーであってもクレジットカードが使えるからです。驚くべきことに、これから綴る2日間では一切スウェーデンクローナを手にしていません。

唯一、現金が必要なところが「公衆トイレ」を利用するときです。いくらか忘れましたが、スウェーデンクローナの硬貨を入れないと扉が開かないというシステムが大体どこでも導入されています。お店に入るとそのようなものがなく普通に使えるところもありますが、一度だけお腹が痛くて大事故を起こしそうなときに駆け込んだマクドナルドではコイン式のトイレでとても危なかったです。ただ、中に人が入っている場合、扉が閉まる前にトイレに入ることができればコインを投入する必要はありません。僕はなんとかコインなしでトイレに駆け込むことができました。

話はかなり脱線しましたが、メトロの券売機ではクレジットカードが使えるという良い点がある反面、Suicaのような磁気カードを購入して、そこにチャージしないと改札を通れないというわけわからんわポイントがあります。紙の切符はないのかと駅員に聞くと、普通の切符はあるけど(たしか75分ぐらい有効)、24時間利用券を買うなら基本的には磁気カードにチャージしなくてはならないというのが分かるまで20分ぐらい駅員と券売機と格闘していました。

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よーく見たら券売機の上の看板に書いてありました(笑)どうやら、改札システムが先進的すぎて、磁気カードをかざすタッチパネルしかなく、日本のように紙の切符とタッチパネルが併設されている改札ではないので、磁気カードを買わざるを得ないみたいです。(アプリはあるみたいでしたが、アンドロイドのみのアプリっぽいです)

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普通の切符以外に、お得な値段で24時間、72時間、1週間チケットがあります。

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で、駅員のところで磁気カード+24時間利用券を購入。磁気カードに24時間利用のデータを入れてもらった状態で、135クローナ(24時間利用券115クローナ+磁気カード20クローナ、135kr=約1800円)をクレジットで支払いました。もちろんこのカードはドイツに帰ってしまえば何の意味もありません。あと、これ自体にお金がチャージされるわけではないので、Suicaのように電子マネーとしてどこかで使えるというわけでもないようです。このカードでは、ストックホルム市内で定められているゾーンでのメトロ、バス、トラムで使えました。

僕はストックホルムでの滞在中、この24時間利用券に加えて、2日目に空港に行く際に24時間利用券がギリギリで切れてしまっていたために、追加でCゾーンにある空港まで行くチケット(普通の75分有効券)を100kr(約1300円)で購入しないといけませんでした。75分券と比べても24時間券がいかに便利で安いかわかりますよね?24時間券を購入する時間、利用する時間をうまく考えれば、不必要な費用を抑えることも可能です!

「これは勉強したくなる」(KTH スウェーデン王立工科大学)

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腹ペコの御一行はビビンバを求めにメトロでKTHに行きました。KTHはスウェーデン語で「王立工科大学」という意味の”Kungliga Tekniska Högskolan”の頭文字を取ったものです。日本ではスウェーデン王立工科大学として知られており、世界でも理工系総合大学でランキングが上位の大学です。同じ理系の学生としては少しはその環境を知りたいなと思っていました。でもそれがこの旅のメインではなかったので、メトロの駅から近い入り口周辺にある図書館に潜入しました。

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その大学に交換留学している友達の話では、図書館の地下スペースで毎日お昼にその日に決められた言語で話すLanguage Cafeというイベントがあるらしく、今日の言語を見てみると「ドイツ語」でした。ただ、驚いたのは、世界各地で話されている言語で、スペイン語スウェーデン語、中国語、ドイツ語、フランス語、英語と並んでいる中に「日本語」があったこと。どういう経緯で「日本語」が開催されるようになったのかとても気になります。

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中の雰囲気はとても広く、明るく、そしておしゃれ。これは勉強意欲がとても刺激されます。ぐるぐる回りながら北欧だなあーと感心させられました。

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ここで集まって年越しをするという広場にも行きました。歴史ある建物な感じでこれまためっちゃ雰囲気がある… 図書館のほうもそうでしたが、昔の建物の外観は残しつつ、内部をリノベーションするというのがとてもうまいなあと思っていましたが、こんなモダンな建物も発見。

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あえて錆びた感じ出した建物で、建築系の建物らしいです。

絶対迷子(旧市街地ガムラスタン Gamla Stan)

なんだかんだで12時ぐらいにようやく例のビビンバをがっつき、そのあとにKTHを離れ、ガムラスタンへ向かいました。ガムラスタンがある場所は、本土に挟まれた小さな島(スターズホルメン島)で、島一帯がきれいな街並みをしています。”Gamla Stan”はスウェーデン語で「古い街」を意味し、その街の発祥は13世紀にまで遡ります。島であるので辺りは海?川?に囲まれ、港も多いことから、まさに水の都。北欧のベネチアと言われる所以はここにあります。そして、魔女の宅急便の街のモデルにもなっています!知らなかった!

ガムラスタンの最寄りの駅から徒歩でぐるぐる街歩き。適当に歩いていると手元に地図があったとしても、自分がどこにいるか分からなくなります。お土産屋さんに入ったり、海関連の骨とう品が並んだ店に入りながら、市内で最も狭い幅が1メートル以下の公道"Marten Trotzigs Gränd"(モーテン・トリチグス・グレン通り)を目指しつつ、ノーベル博物館に向かいました。

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路地好きな僕としてはこういう狭い公道とかは、その時代のこととかに思いを馳せたりしながら通るのが楽しみの一つなんですが、落書きがひどくてちょっと萎えました。確かに狭いけど…なんかな…みたいな。ランプが頭上にあったので、夕方になったころに行った方が趣が出ていいと思います。

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細い路地に、石畳に、ほどよい明りのランプ。実際に夕方に街をぐるぐるしているとこんな感じの光景がたくさん見れます。これぞヨーロッパって感じです。

人類の進化を支える叡智の集合(ノーベル博物館)

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ノーベル博物館がある場所の広場は建物の色合いと良い、一番きれいで皆が写真を撮っていました。

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そしてこちらがノーベル博物館。かなり質素で、よーく見ないと気づかないかもしれません。入場料70kr(約900円)を払って中へ。館内はWiFiが飛んでいて、館内のオーディオガイドは各々のスマホを使ってくださいねというシステムでした。スマホ持ってない人には不便なシステムかもしれません。北欧は本当に進んでます。もちろんネットも使えます。

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天井には歴代のノーベル賞受賞者の顔写真が吊り下げられていて、それがコンベヤーで館内の天井を流れていく仕組み。年代順で流れてくるとかではないのでほとんどが分からない人でした。

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入ってすぐのスペースには2016年度のノーベル賞受賞者の功績が紹介された映像と受賞者の似顔絵が展示されていました。オートファジーの解明でノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅先生も発見しました。床にはノーベル賞メダルと同じ、ノーベルの肖像が埋め込まれてあります。

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奥に行く通路の真ん中には、10年区切りでその10年の間の代表的な出来事と代表的な発明品が展示されており、タッチパネルでその10年間の受賞者の紹介が見れたりもしました。それぞれの年代でちらちら見ていたのですが、自分の全く知らない功績であったり、いまでは当たり前になっている技術などが展示されているのは勉強になりました。

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奥のスペースの真ん中はサイエンスコミュニケーションスペースになっており、館内のスタッフが子供たちに科学の楽しさを伝える実験ができるようになっていました。その左右には、ノーベル賞のなかでもいま重要な、注目すべき技術や科学の解明についての映像、実際に使われた実験装置のレプリカなどが展示されていました。中の売店にはノーベル賞メダルチョコ、ポストカードなどのノーベル賞関連グッズが売っています。

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入口まで戻ろうとしていたら、入口から入って右手のほうにも展示コーナーがあったので見てみると、ノーベル賞授賞式典かなにかで座ったらしい椅子の裏に化学、物理学、生理学・医学、文学、平和、そして経済学の各賞受賞者のサインが書かれてありました。椅子も計6つです。大隅先生のサインはどうなんだろうとみてみると・・・

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「インク滲んどるやないかい!」という残念なサインを発見。ここで不思議だったのが、他の5つの椅子はそれぞれの賞で2016年の受賞者だけの構成だったのに、大隅先生のサインがあった生理学・医学のところは2015年に同賞を受賞した大村先生ほかのサインとともに書かれてあったことでした。大隅先生の大村先生へのリスペクトの表示なのか、同国の人が連続で受賞したときにはそうすることが慣例なのか、または大隅先生がおっちょこちょいで書いてしまったのか…真相は不明ですが、会う機会が0ではないので会った際には聞いてみようと思います。

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ノーベル賞のメダルは3種類あります。左は物理学、化学、生理学・医学、文学賞のメダル、真ん中は平和賞、右は経済学賞です。経済学賞は正式には「アルフレッドノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞」というそうで、ノーベルの遺言にもノーベル財団にも関係がなく、ノーベル没後70年、国立銀行300周年の記念に1968年に設立されたものだそうです。ノーベル賞の選定は、物理学、化学、経済学賞はスウェーデン王立科学アカデミーが、生理学・医学賞はカロリンスカ研究所スウェーデン)、文学賞スウェーデンアカデミー、平和賞はノルウェー・ノーベル委員会によって行われます。そのため授賞式は平和賞のみ、ノルウェーオスロの市庁舎で行われ、その他5部門はストックホルムのコンサートホールで行われます。平和賞以外は授賞式のあと、ストックホルム市庁舎で晩餐会・舞踏会が行われます。

他の展示は、授与式や晩餐会での装飾品、ドレスなど、ノーベル賞を支える品々の展示がありました。毎年10月に発表され、世間をにぎわすノーベル賞ですが、意外と知らないことが多かったです。そこまで大きくない館内でしたが、興味を引き立たせる展示物ばかりでめちゃくちゃ楽しめました。

あと少しの差で…(ストックホルム市庁舎)

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このおじさんの右側に見えるのが、ノーベル賞の晩餐会・舞踏会が行われることで有名なストックホルム市庁舎。日も暮れ出したころ、ノーベル博物館にいったあとに行こうと言っていた市庁舎に行こうとのんびりしながら歩いて向かいました。市庁舎を目の前にして、ツアー受付のデスクが見つからないという謎の事案が発生…無駄に市庁舎を一周して、ようやく受付を見つけたときにはすでにその日のツアー時間が終了していました。その差10分。デスクを見つけるのに15分以上は無駄にしてしまっていたので、ヘルシンキでの失敗を活かせず、「またやん…」とめちゃくちゃ凹みながら、仕方なく翌日に行くことにして帰路に帰りました。(翌日の早朝には友達一人が空港に行かないといけないこともあって、一緒に行けなくなったのもより凹みました)

メトロのアート(メトロの各駅)

この日はそのまま友人宅に行き、キムチ鍋をして終わったのですが、ストックホルムのもう一つの名所?についても紹介したいと思います。それはメトロの駅のアートです。ガイドブックにもいろいろ載っているようですが、以下に僕が気になったところを載せていきます。

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いまとなってはどこの駅の写真だったか忘れてしまいましたけど、マリオカートレインボーロードを思わせるエスカレーターだったり、ある駅では天井までびっしり描かれています。駅ごとにテイストが違うので、なんのテーマで描かれているのか?とか考えながら改札に向かう時間も楽しかったです。

次は2日目にして、ストックホルム最終日。1日目に行けなかったストックホルム市庁舎、そして17世紀最大の旗艦にして、不運にも処女航海にて沈没してしまったVasa号が展示してあるVasa博物館に行きました。その話は次回!

 

KENGO

 

 

 

年末年始旅行④ フィンランド編最終日

2016/2017の年末年始旅行で8泊9日フィンランドスウェーデン→イタリアと巡ってきました。フィンランド3日間の最終日を振り返ります。

最終日はヘルシンキ

初めての本場のサウナ体験をして、タンペレでの1日を満喫した翌日。フィンランドは最終日になりました。

タンペレを出て、電車で1時間半、昼前にヘルシンキに着きました。ヘルシンキに戻ってから、16時半のスウェーデンストックホルム行きの船の乗船時間まで、1日目に行きそびれていた場所を観光することに。

行きそびれていたのは、カンピ礼拝堂、岩の教会(テンッペリアウキオ教会)、そしてロシア正教ウスペンスキー寺院。そして一緒に旅行していた友達が「おいしいと噂のやつ!」と調べていたのに食べそびれていたKANNISTON LEIPOMOのシナモンロールを食べに行きました。

たまご型の空間(カンピ礼拝堂 Kampin Kappeli)

事前に調べていた情報サイトでは「カンッピ教会」とか書かれてたりしましたが、その場でもらったパンフレットには「カンピ礼拝堂」と書かれてありました。ドイツ発祥のプロテスタントルター派の「礼拝堂」らしいのですが、そもそも「教会」と「礼拝堂」の違いが分からなかったので、調べてみました。

(知っておきたい宗教雑学①)

「教会」―― 宗教を同じくし、その教えを守り伝えようとする人々の団体。また、その教えを述べ、礼拝儀式を行うための建物。ただし、宗教活動の拠点となる建物・施設の場合は、「聖堂」や「礼拝堂」、「神殿」などと呼ぶ方が適切。

あれ?「聖堂」という概念が全く分からん…

「聖堂」―― キリスト教での礼拝施設の名称。ミサ・聖体礼儀などが行われる建物。プロテスタント教派ではこれに相当する施設を教会堂などと呼ぶことが多い。カトリック教会の司教区で、司教の座席が設けてある中心的な聖堂は「大聖堂」と呼ばれる。

「礼拝堂」―― ①宗教施設の構内において、主祭壇を囲む主たる礼拝空間「聖堂」とは別個に内部もしくは外部に存在する、副次的な礼拝空間。②教会の所有ではない礼拝空間(チャペル)③信仰的な理由で「聖堂」という表現を用いない教派(プロテスタント)の礼拝空間。

③の理由で「礼拝堂」という表記になっているんだと思いました。こんな感じで説明しておきながら、区別して表現して書くのはなんか面倒なのであまり気にせずに続けていきたいと思います。ちなみに北欧諸国では国民の大半がルター派らしいです。

前置きが長くなりましたが、カンピ礼拝堂はヘルシンキ中央駅から徒歩5分。礼拝堂といいつつ、「これは本当に礼拝堂なのか?」というアート感がすごい外観をしています。

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中ももちろん現代アートみたいな不思議な空間でした。

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そこまで大きくないですが、僕らのような観光客でまあまあの人でにぎわっています。おもしろかったのが天井の形はたまご型だということ。さらに、実はこの建物は3種類の木材でできており、外壁は特殊なワックスでコーティングされたトウヒ、内壁はハンノキ、そして建具と内扉はセイヨウトネリコで作られているそうです。「礼拝堂」というよりは、ヘルシンキの建築家、銀細工師、織物アーティストが作り上げた一つの作品として楽しめる場所だと思いました。

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これはカンピ礼拝堂のある広場にあったオブジェ。これもよーくみたらたまご型。カンピ礼拝堂となにか関係がありそうでしたが分からないままです。

コンサートホールにもなる?(テンッペリアウキオ教会 Temppeliaukion kirkko)

その次に行ったのはテンッペリアウキオ教会。岩をくりぬいた中にできた空間の教会で、これまたカンピ礼拝堂と同じく全然教会らしくないのが面白いです。教会の作り自体も面白いのですが、僕が個人的に面白いと思ったのが、その教会のある場所。周辺が円形状に建物に囲まれた中に、一枚岩?の大きな岩があり、その岩の中に教会がある。かなり不思議な空間になっています。

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中の様子はというとこんな感じ。コンサートも行われるという教会なので、祭壇?ステージ?が大きいのが特徴的でした。天井の茶色の部分は銅板を重ねられたものでとてもきれいです。木の年輪みたい…

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ちなみに教会の上部である岩のほうにも上れます。1時間ぐらい、結構のんびりした時間を過ごしました。にしても、周辺が普通の住宅街の街並みなのに、ここだけかなり大きい岩がむき出しで存在していたのには不思議でした。

偶発のアート(HAM ヘルシンキ市立美術館)

テンッペリオアウキオ教会から、さあこれからお昼を食べようとヘルシンキ中央駅付近に向かって歩いていたところ、「HAM」という文字と、ドット柄のおしゃれなポスターが並んだ建物が見えてきました。「お、これは美術館だな」と思い、時間はそこまでなかったので中の展示を見に行くことは考えていませんでしたが、「美術館にある雑貨を見るのは楽しそうやなー」と中に入ってみました。

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”Art is popcorn for the brain." 「なるほどなあー」と感心しながら、雑貨を見に2階に行くとそこにはかなりの行列が。どうやらここは、ヘルシンキ市立美術館で、いま草間彌生の企画展が行われていました。(草間彌生を知らない人は調べてみてください。日本を代表するアーティストです。ドット柄を扱うことが有名で、誰もが一度は草間彌生の作品を見たことがあるはずです。)そのとき、ようやく建物の外にあったドット柄のポスターの意味が分かりました。草間彌生展を観たい気持ちはあったのですが、時間がなかったのとあまりにも盛況で人が多かったので行くのはやめにしました。

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1階には参加型のインスタレーションが展示されていました。カラフルなシールを最初は真っ白な部屋に張り付けていくという、気軽で自由でとても面白い作品。以前にもこれと同じインスタレーションをしていたようです。

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偶発性の楽しさも味わえ、僕たちも何枚かシールを貼りました。

おいしくてお腹いっぱい(KANNISTON LEIPOMOのシナモンロール

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中央駅付近まで戻ってきて、念願だった?KANNISTON LEIPOMOのシナモンロールを2.30€で購入しました。本当はこのあたりで座ってのんびりしたかったのですが、KANNISTON LEIPOMOの店内は小さなカウンターと2人組が座れるテーブルが1, 2個しかなかったので、シナモンロールはあとでどこかで食べる事に。

結局、このあと乗るViking Lineの船の中で食べましたが、甘さも丁度でとてもおいしい。かなり大きかったのでこれだけでかなりお腹が膨れました。

短すぎる開館時間(ウスペンスキー寺院 Uspenskin katedraali)

シナモンロールをゲットし、昼ご飯を別の場所で済ませ、これから乗船するストックホルム行きのViking Lineの乗船時間16:30まで時間がまだ少しあったので、そのまま港に向かいがてら、フィンランド最後の観光場所としてロシア正教ウスペンスキー寺院に行きました。

(知っておきたい宗教雑学②)

ロシア正教」は教派名としては正しくなく、正しくは「正教会 (Orthodox church)」であり、「ギリシャ正教」や「東方正教」とも呼ばれることがある。正教会の組織は国名や地域名を冠した組織名をつけることが慣例であるが、キリスト教の一つの教派としての「正教会」の同じ信仰を有している。11世紀ごろにあった東西教会の分裂によって「東方教会正教会)」と「西方教会カトリック教会)」が大きく分けられ、のちに16世紀の宗教改革によってカトリック教会から「プロテスタント」などの教派が生まれている。

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時刻は16時を回る手前、ウスペンスキー寺院に向かって中央駅付近から歩き出しました。道中、街中のパフォーマーをちょっと見たり、写真を撮ったり、再びヘルシンキ大聖堂を横目に見ながら、1日目に訪れたエテラ港へ辿り着きました。その時がだいたい16時ちょっと過ぎ。その時刻にはもう陽が沈んでいることもあって辺りは暗くなっているのですが、ウスペンスキー寺院のシルエットははっきり見えています。

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少し丘になったところに建っているので、ようやく頂上について教会を前にした写真をパシャパシャ。しかし、ほかの観光客は写真を撮り終えたら続々と帰っていってます。ロシア正教の教会の内部は豪華絢爛な装飾でとても有名なのに中を見ないなんて「なんでやろう?」と思いながら、建物の中への入り口を探すも見つからず…

「あれ?」

やっと見つけたドアのところにあった貼り紙には、

月曜 休館日

火曜-金曜 9:30-16:00

土曜 10:00-15:00

日曜 12:00-15:00

との情報がありました。「いくら、宗教施設であって観光場所じゃないからと言っても、さすがに17時までは開いているやろう」と高をくくってたのが大外れでした。まさか16時閉館だったとは…早すぎる…

結局中には入れず、事前に開館時間を調べておくことの大切さを思い知らされました。ほんと、時間がない旅は準備が一番大事だなあと思います。

人生初の豪華客船?(Viking Line)

そんなこんなで、ウスペンスキー寺院の中に入ることがなかった分、少し時間に余裕を持ちつつ、16:30より前には乗船場所に到着できました。船が出る時間は17:30だったのですが、1時間前から乗船が開始されるようです。

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船を正面から撮る時間もできたのでパシャリ。かなり大きく、1階から8階まであり、まるで水面動くマンションです。豪華客船とはこんな感じなのか!とか思いつつ、これまで乗った船の中で最大でした。でもこれでも一人30€以下。宿泊費とヘルシンキ-ストックホルム間の移動費が含まれていると考えると格安です。(ご飯は別です)

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船場所の建物に入り、1階で事前に予約していた番号を発券機に入力。乗船券を手にしました。厳密に言うと、この乗船券は部屋のカードキーです。

乗船してからすぐに船内探検へ。船内には宿泊用の部屋以外に、22時ぐらいまで営業しているサウナ、生演奏が聞けるバー&クラブ、スロットマシンコーナー、子供向けの映画館、ビュッフェスタイルのレストラン1件とオーダー式のレストラン数件、レストランではない食堂が1件、そして免税のスーパーがあり、そこでは服から時計、香水、電化製品、お酒とおかしが手に入ります。免税店の雰囲気は空港によくある感じと同じです。ただし残念なことにガッツリご飯を食べようと思うとこのスーパーでは足りません。レストランでご飯を食べようものなら、1食20€は軽く超えます。ビュッフェスタイルの方はもう少し高かったイメージです。荷物チェックはなかったので、可能であれば食べ物は外から持ち込んでしまったほうが良かったなあと後悔していました。ちなみに外にも出ることができました。夜風にあたりながらヘルシンキの明かりを見るのはいいなあと思っていましたが、風も強くずっとガクガクブルブル。すぐに中に戻りました。自分たちの泊まる部屋は4人部屋で、壁に吊り上げられたベッドが4つありました。ネットの環境はというと、部屋では全く使えなかったのですが、ロビーや食堂付近ではところどころでWifiが飛んでいてネットが使えました。

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夕飯の時間になり、昼過ぎに買っていたシナモンロールをほおばるも、こんなの夕食にならん!ということでレストランよりもまだ安い食堂のほうでサンドイッチを夕食に買いました。もちろん、スーパーのほうではビールを購入。お腹いっぱいにはなりませんでしたがそれで夕食を済ませました。ちなみにフィンランドの通貨はユーロ、スウェーデンの通貨はスウェーデンクローナで異なるのですが、船内では両方の通貨が使えますし、もちろんクレジットカードも使えます。

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そのあとはバーにいって片手にグラスを持ちながら、生演奏を聴きながら、ストックホルムの観光プランを話し合いながら、身体がノッテきたときには踊ったりして、その日の夜を過ごしました。夜は結構時間を持て余していたので、トランプとか持ってきていたらいい時間つぶしになったなーと後悔。

朝、起きた時にはもうストックホルム。乗船して初めて気づいたのですが、スウェーデンフィンランドは1時間の時差があります。その時差と事前に聞いていた到着時間にちょっと混乱しながら、部屋にあるめちゃくちゃ狭いシャワーで昨日の酔いを醒ましました。

下船してからの話は、スウェーデン編で書くことにします!

 

KENGO

 

 

 

 

年末年始旅行③ フィンランド編2日目

2016/2017の年末年始旅行で8泊9日フィンランドスウェーデン→イタリアと巡ってきました。フィンランド3日間の2日目を振り返ります。

2日目はタンペレ

1日目にヘルシンキ大聖堂、スオメンリンナ島と行ってきたわけですが、2日目はヘルシンキから北に電車で1時間半、内陸に位置するフィンランド最古で最大の工業都市タンペレ(Tampere)に行きました。

タンペレの事前の情報収集として、とても参考になったのがこの記事タンペレ大聖堂、スパイ博物館、ピューニッキ展望台、タンペレマーケットホールと、この記事を見て、タンペレでのターゲットをロックオンしました。 

そして、フィンランドに行ったら絶対に行ってみたかった公衆サウナについては、この記事で紹介されているラヤポルティン・サウナ(Rajanportin sauna)がたまたま定休日のようだったので、別のサウナ、ラウハニエミサウナ(Rauhaniemen kansankylpylä)に行くことに。ラウハニエミサウナの情報についてはこちらを参考にしました。

不気味な雰囲気の教会(タンペレ大聖堂)

タンペレ駅についてから、まず最初にロッカーに荷物を預けました。4€で3人分の重い荷物をぶち込み、タンペレ大聖堂のある北方面へ徒歩で向かいます。徒歩で約5分ぐらいです。

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タンペレ大聖堂を正面から見たらこんな感じ。左右非対称が特徴の教会となっています。

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柱や側面の壁には薔薇の絵が描かれ、天井には蛇、そして教会の右奥の壁には骸骨の絵。大聖堂の中の様子は普通の教会とはかなりテイストが違っていました。こんなんいままで見たことないです。

意外とすごい変わり種博物館(スパイ博物館)

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タンペレ大聖堂からそのままスパイ博物館(Vakoilumuseo)へ。タンペレ駅からは歩いて12,3分ぐらいで行けます。(たぶん)川を渡ってすぐのFINLAYSONの建物が目印です。

「スパイ博物館」と名前だけ聞いたら中二病感がすごいですが、そんなちゃっちいものではありません。施設はそれほど大きくはありませんが、本格的にスパイの歴史、人物、使っていた機器、道具や武器などが展示してあります。

入場料は6€。ただし、館内の写真撮影は追加で5€を払わないといけませんでした。嬉しかったのは、日本語表記の説明文が載ったファイルが借りられること。が、途中から展示物に表記されている番号とファイル中の説明文の番号とがずれていて分かりづらくなっていたのは残念でした。

ファイルの後半は各国の有名なスパイの逸話も書かれていたりします。ジェームスボンドのモデルの一人であるシドニー・ライリーについても書かれていました。他のスパイで、二重スパイや三重スパイにもなっていた人の紹介の中には「自分がどちら側の人間か、そして自分が何者か分からなくなる」と口を揃えてセリフを残していたようです。本当に映画の世界だなあと思いながら眺めていました。

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暗号機、盗聴器、武器、取り調べ機器などの展示物以外にも、体験コーナーもちょこっとあります。ベルリンにあった諜報機関の秘密の通路を再現していたり、当時のボイスチェンジャーや暗号作成・解読なんかも体験できました。

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あ、ちなみに忍者もいます。説明書きも壁のほうにありました。忍者も言われてみれば確かにスパイ。他の国にもこういう存在はありそうなのに、ソビエト連邦やイギリスなどのスパイに交じって「忍者」がピックアップされてるなんて、海外の忍者人気はNARUTOだけじゃないってことですね。

なんだかんだで1時間半ぐらいはいました。とても興味をそそられて楽しかったです。

展望台チャレンジ失敗!(ピューニッキ展望台)

冬の北欧観光は日暮れの時間も計算しておかないといけません。昼ごはん後は日が暮れる15時前にピューニッキ展望台に行ってタンペレ市内を一望することに。事前に調べた展望台の最寄りのバス停に行くバスを探しに近くのバスターミナルに行きました。

・・・が、問題発生。バス停に貼ってあるバスの路線図がめっちゃくちゃ分かりにくくて、どのバスがその最寄りのバス停に行くのか分からず…一応、地図上の地名と照らし合わせて、そちらの方向に行くバスに乗りました。バスの運転手にも行き先を確認したので大丈夫だろうと思っていたら、まさかの500mぐらい先のそのバスの終着点。混乱しながらとりあえず3人ともバスを降りましたが、辺りには展望台らしきものはなく、完全に3€をドブに捨てました(笑)

もう訳が分からないまま、遠くのほうに見える展望台らしき建物に向かって、寒空の中歩く一行。ただ、その建物も近づくにつれ、そこに行くルートを見つけることができなくなり、日も暮れてきて、途中で行くのを断念。無駄に30分ぐらい歩きました。結局、どこがピューニッキ展望台だったのかも分からず、展望台チャレンジ失敗。とりあえず、最初にバスに乗った場所付近まで歩いて戻りました。あーさむっ。

 ムスタマッカラの悲劇(タンペレマーケットホール)

その足で向かったのはタンペレマーケットホール。肉屋さん、野菜屋さん、魚屋さん、パン屋さん、カフェといろんな商店が屋内のホール内に並んでいます。そこのカフェは小さいながらも雰囲気があっていい感じ。ようやく暖が取れる環境になったのでぶらぶら。(言うても外は風が強かっただけで気温は5℃ぐらいはあるという奇跡のコンディションでした。-10℃とかでなくて本当に良かった。)

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このタンペレマーケットホールに来た目的は、事前に調べていた記事の中で出てきた謎の「黒いソーセージ」を食べる事。その名前は「ムスタマッカラ(mustaa makkaraa)」。それを探し求めて肉屋さんを2,3店舗グルグル回るもののショーケースの中にはありませんでした。

「ここでしか食べられない珍しいものらしいし、なんとしても食べてみたい・・・」

これは直接聞いた方が早いなと言うことで、店の人に聞くと、「あーそれはあそこの肉屋にあるよ」と即情報ゲット。「やっぱ聞いた方が早かったわ」と消極的な日本人体質を反省しつつ、さっそくその店に行って注文しました。肉屋のおっさんがショーケースではないところの発泡スチロールの箱の中からおもむろに1本取り出し、計りに乗せます。そしたらなんと値段が0.95€。「え???マジか!!!そんなにも安いん???」とか思いながら、何も不思議には思わず購入。(売店でおいしいソーセージとかをドイツで買っても2€ぐらいはします。まして北欧、なんでこんなに安いのか。)

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「この場で食べますー!」というと肉屋のおじさんが紙皿とプラスチックのナイフとフォーク、そしてなぜかベリー系のジャムと一緒に出してきました。

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よーく見ると、その店舗の柱にムスタマッカラとベリー系のジャムが一緒に描かれたポスターがありました。「あ、これが完成系なんやな」と思いつつ、さっそく一口ほおばります。

口に入れた瞬間に広がる「罰ゲーム」感…内部の肉?を包む表面の皮の硬さといい、中の肉?なのかなんなのか分からない物体の口触りといい、それら全体のなんとも表現しづらい味といい、これはパクパク食べれるもんではないなと思いました。(個人的には昆布の煮物に近い味を感じましたが、おいしいとは感じませんでした)せっかく乗っけられたベリー系のジャムと一緒に食べても、ジャムとムスタマッカラが口の中で確実に喧嘩していて、「ジャムの意味…」てな感じでした。全くマッチしていない組み合わせ・・・

ムスタマッカラ自体の味のあまりの衝撃に、そこに来て、ようやくこの「黒いソーセージ」についての正体をネットで調べ出しました。(いや、調べてなかったんかい!!)ちなみにホール内は無料のWi-Fiが使えたはずです。(うろ覚え)

調べて判明したのは、なんとこの黒ソーセージの「黒」は血が酸化した色、肉らしき中身の正体は肉として販売できない「内臓などのミンチ」ということでした。つまり、ムスタマッカラは屠殺されたあとに残った、普段は流通しない「あまりもの」を凝縮した一品ということでした。「道理で0.95€だったわけだわ」と納得する一行。他の2人もチャレンジしましたが、残った3分の2は自分の胃袋に入っていきました。

口直しといってはなんですが、そのあとにカフェに入って、のんびりしました。

フィンランドの真骨頂、サウナに行ってみよう!(ラウハニエミサウナ)

フィンランドでのハイライトは間違いなくここでした。銭湯、温泉文化におなじみのサウナ!ここでの経験をきっかけに、これまでのサウナという概念を完全に覆されることになります。

まずサウナに行く前の準備。こちらがラウハニエミサウナの公式ホームページ(英語)です。なんと1929年からあるそうです!!すごい!!サウナ自体は男女共有で水着は必ず着用します。そして、バスタオルも持参です。もし水着やバスタオルを持っていなかった場合、どうなるのかはわかりません。(サウナの受付で聞くのを忘れていました。すいません。)営業時間は平日(金曜以外)は15:00-20:00、金曜15:00-20:30、週末13:00-20:00で、毎日やっているようです。料金は大人一人6€、7-14歳は3€です。

次にサウナへの道のりについて。駅前のバス停から2番のバスに乗ります。2番のバスがラウハニエミサウナに行く唯一のバスです。気を付けたいのが下りるべきバス停について。この2番バスの終着点はRauhaniemiというところです。ここで降りるとサウナには行けますがちょっと遠くなります。降りるべきバス停は、バスの終着点から再びバスが市内方向に出るのを待って、折り返した次のバス停のRomsinlahtiです。このバス停はバスが市内に戻る方向にしかないバス停になっています。

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僕たちはバスの運転手にサウナに行くことを告げ、バス停の場所を教えてもらったのですが、お互いに誤解していて、一度Romsinlahtiを通り過ぎてしまったので、再び2番バスに乗る羽目になりました。ただ、3€のバスのチケットは1時間有効なので再びチケットを購入する必要がなくてよかったです。

サウナがある湖の方向へRomsinlahtiから歩いて約10分。駐車場を超え、薄暗い林の中を突き進んでいくと簡易な作りの建物が見えてきます。

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そしていきなり目に飛び込んできたのがこの光景。わかるでしょうか?凍っている湖の中に入っていく階段。そしてその上にいる人たち。テレビでみたり、噂に聞いていたサウナと湖の往復をしている人たちを間近に見て、一気に興奮しました。

サウナがあるらしき建物に入ったり出たりする人、建物の前で水着一丁で休憩している人、湖に入っていく人、結構な数いました。サウナにいる人も含めて、約50人ぐらいはいたかと思います。

最初受付がどこか分からず見逃していましたが、小さな窓がある小さい建物の中に入ると受付がありました。ここで貴重品も預けられました。お金を払わずにもしれっと更衣室やサウナに入っていけそうでしたが、そこはちゃんと一人6€払いました(笑)

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この日の湖の水温は1℃。いままでほぼ真っ裸の状態で1℃の水に浸かったことがないので果たしてこの後どうなるのかドキドキ。

更衣室で水着に着替え、全員が集まっているサウナに入ります。ちなみにサウナ室は湖に近い側と受付に近い側で2つありますが、湖に近い側のほうが広い作りになっています。

サウナ室に入っていくと、3段の雛壇になっていて、人がぎっしりいました。扉の向かい、一番奥に蒸気が出る熱い部分があります。そこの近くに座っている人が5分おきぐらいに水を注ぎ入れ、室内を熱します。水を注ぐこと、そしてバケツに水がなくなったら外に汲みに行くことは何も言わずに皆が自主的にやっています。暗黙のルールというやつですね。自分たちも何度か水を注ぎました。ちなみにサウナ室に入る手前にはシャワールームも4室ほどあり、シャンプーなどを持参していれば終わりにここでシャワーを済ますことも可能です。

中には僕らと同じように日本人の人もいたりしましたが、ほとんどがローカル民といった印象を受けました。ちょこっと話を聞くと、毎週2回はここに来ていると言っていました。サウナの入り方については湖に入っていくこと以外は日本と特に変わったことはないようでした。

そして、身体がアツくなってきていよいよ湖へ行くことに。まず外に出た瞬間に一気に寒気に襲われます。それに加えてこの日は強風が吹き荒れており、余計に寒い。湖のほうでもっと強い風を受けつつ、悲鳴を上げつつ、とりあえず前の人にズンズン付いて行きます。階段をゆっくり降り、足先から入っていくのですが、腰まで来るとさすがにヤバさを感じました。とりあえず体を肩まで沈めて1回目のトライは終了。湖から上がり、サウナへ戻る道では体中を針で刺されているような感覚で気が狂いそうになりました。

すかさずサウナ室へ戻りました。サウナ室に戻って体の表面の感覚が戻るまで2,3分はかかりました。1℃の水で縮まった毛細血管が広がっていくのが分かります。でも、このあとからの感覚が不思議なもので、一度冷めたはずの体が内側から温まっていくのが感じ取れました。サウナ室では蒸気で表面から熱されいてますが、内側の熱はどこから来るのか。

変な感覚を覚えながら、2度目の湖トライ。次は頭まで冷水に浸かりました。頭まで浸かると一瞬で意識が飛びそうになりました。念のため掴んでいた湖にかけられた階段の手すりを離しかけそうになりながら、ギリギリのところで這い上がり、再び全身を針で刺された状態でサウナ室へ戻りました。頭まで行くとマジで危ないですが、ローカル民は普通にやってのけていました。すごい。

そんなこんなで計4回ほど往復して、営業終了時間と同時にサウナを後にしました。本場の交互浴(サウナ↔湖)を体験し、体の生理機能が高められたのか、それまで手袋がなければ耐えられなかったのに、手袋なしでも過ごせる身体に進化しました。確実に実感できます。ちなみにこの寒さに強い身体になった効果は自分の感覚としては1週間ぐらい続きました。いままでサウナに入る際に水風呂に入っている人を不思議がっていましたが、今後はちゃんと交互浴をすると思います。自分の中のサウナの概念が変わった体験でした。

トナカイとビーバーを食らう(HARALD)

この日の夜がフィンランド最後の晩飯ということで、奮発して北欧料理を堪能しました。評価が一番高かった「HARALD」というレストランへ。だいたいのメインの料理が最低20€はするところでしたが、僕はどうしてもトナカイ肉を食べたかったので、40€するプレートを注文しました。

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芋の量が多くそれだけでも結構お腹がいっぱいになりそうでしたが、念願のトナカイ肉も食べる事ができました。トナカイは癖もなく柔らかくて結構おいしい印象を受けました。この串刺しになっている肉の中にトナカイ肉に加えてビーバー肉もありました。「ビーバーなんか食べるんか!」と驚きましたが、普通においしかったです。

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トナカイ肉、もう一度食べてみたいなあ…

フィンランド2日目、とても堪能しました。是非、皆にも交互浴を奨めていきたいと思います。次はフィンランド編最終回です。

 

KENGO

年末年始旅行② フィンランド編1日目

2016/2017の年末年始旅行で8泊9日フィンランドスウェーデン→イタリアと巡ってきました。今回はフィンランド3日間の1日目を振り返ります。

1日目はヘルシンキ

早朝からバス移動、フライト移動×2で少しくたくたな状態で13時にヘルシンキ空港に到着。北欧での旅行を共にする、学部時代の同期で同じく留学中の身である2人の友達と無事に合流できました。空港からヘルシンキ市内へ行くバスを探し、バスターミナルのほうへ。バスの運賃は5.50€。自販機がありクレジットカードで支払えました。ヘルシンキ中央駅周辺まで20~25分ぐらいでした。*チケットは90分有効です。

がっつりヘルシンキを観光するのはこの日しかなかったので、そのままヘルシンキ大聖堂、世界遺産スオメンリンナの要塞に行くことに。

ヘルシンキにそびえたつ白いシンボル(ヘルシンキ大聖堂)

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まずはヘルシンキ大聖堂。この日は快晴。青々とした空をバックにヘルシンキ大聖堂を見ることができました。(というか北欧滞在中はなぜか天気が良く、気温が8℃という日が続きました)少し高いところに建っているんですね。階段の段数は思ったよりもありましたが、頂上に来たとき海方向への眺めが良かったので思わず写真を撮っていました。

美しいサンセットバルト海(エテラ港&スオメンリンナ島)

そのあと、フェリーでスオメンリンナ島へ行くために、まずはエテラ港へ。f:id:kengosmemo:20170116041340j:plain  f:id:kengosmemo:20170116041630j:plain

フェリー乗り場(エテラ港)はヘルシンキ大聖堂から歩ける距離にあります。エテラ港では市場が開かれているそうですが、この日は12月26日でクリスマスの祝日だったからかやっていませんでした。

写真のようなエテラ港のあるあるな光景?を目にしつつフェリー乗り場を発見。(右の写真は駐車場にあるポールなんですが、カメの甲羅に棒がぶっ刺されているのはさすがにどこかから抗議が来てそう)フェリーは12時間有効パスで5€でした。これもクレジットカードでも買えます。

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運良くフェリーが来ていたので待ち時間なく即入船。

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15分でスオメンリンナ島に着くのですが、ちょうど夕暮れ時(なんと15時!)だったので、バルト海のきれいな景色が見れました。(風めっちゃ強かったですが)

事前に少しだけこちらを参考にしてスオメンリンナ島の観光情報を調べていました。スオメンリンナ島でひそかに楽しみにしていたのはクラフトビールが飲める醸造所併設のレストランであったりしたのですが、祝日のためにやっていませんでした。残念。

スオメンリンナの要塞(Fortress of Suomenlinna)はスウェーデン=フィンランドロシア帝国に対する守りを目的として、1748年に建設が着手されたらしいです。世界遺産には1991年に登録されました。

島内には住民もいるようで、ところどころに民家がありつつ、開けた道をずんずん進んで島の先端に来るころには砲台と要塞の城壁が現れてきました。改修工事をしているのか、島が浸食されているのか、ところどころに立ち入り禁止の柵もありました。

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島の一番端っこ、砲台が並んでいるほうから撮った写真がこんな感じ。下の写真の奥に見えているのが砲台の穴もある城壁です。…しかしめっちゃ眺めが良い。場所的にもここが軍事的に大事にされた場所ということが良くわかりました。風がかなり強かったのはありましたが、童心にもどって冒険気分を味わえたのはめちゃくちゃ楽しかったです。

このスオメンリンナ島、夏にはヘルシンキ民にとっての憩いの場所になるそうですが、かなり納得しました。都市からちょこっと離れて、余裕のある広さの芝生となだらかな丘がたくさんあり、のんびりするにはもってこいの場所。僕が行ったときにはさすがにそんなところに寝そべっている人はいませんでしたが、こんな場所が住んでいるところの近くにあれば毎週通いたいなと思ってました。

本土に帰って、ホテルにチェックイン。スーパーで買い込んだビールを冷蔵庫に入れ、晩飯を求めにホテル周辺を散策し行くことに。

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しかしながら、さっきから何度も言っているように、この日は祝日。事前に調べていたレストランは全滅でした。その日の間に日本食トークを何度も炸裂させていた僕らは、いつの間にか頭の中によぎっていた「ご飯もの」を求めて、北欧初日の夜に、まさかの中華料理屋に入るのでした。

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2日目に続く。

 

KENGO

年末年始旅行① 移動手段&費用おさらい

2016/2017の年末年始旅行で8泊9日フィンランドスウェーデン→イタリアと巡ってきました。

今回はその長距離の移動手段&費用をさくっとまとめました。

ドイツ(カールスルーエ)→フィンランドヘルシンキタンペレ)→スウェーデンストックホルム)→イタリア(ベネチアミラノ)→ドイツ(カールスルーエ)のいずれかのルートで旅行に行く人の参考になればよいなと思います。

空路

今回の旅行での空路はAir BerlinのOpen jaw flightを使いました。

Open jaw flightのいいところは、ドイツのどこかの都市から出て、旅行先からドイツのどこかの都市に帰ってくれさえすれば、他の航空会社で片道ずつ飛行機を予約するのに比べて費用をかなり抑えられる点にあります。また、その逆も然りで、違う国からドイツのどこかの都市に入って、ドイツのどこかの都市から別の国に行くというのもありです。ドイツを中心にして(または経由して)違う国を巡りたい人、または、ドイツ国内を巡りたい人にとってとても良い仕組みです。

行きはシュツットガルト→ベルリン(1h15m)、ベルリン→ヘルシンキ(1h50m)

帰りはストックホルム→ベルリン(1h35m)、ベルリン→ミュンヘン(1h15m)

で、乗り継ぎ時間はどちらも1時間程度でした。フライト代は約320€(約34000円)でした。出発の約2か月前にフライトを抑えましたが、もっと早く取ればもう少し安くなったと思います。

空路以外の長距離移動

その他の長距離移動は以下の通り。すべて事前にネットで予約できました。

カールスルーエ(中央駅)→シュツットガルト(空港)

Flixbusのバス、移動時間55分、7.96€。フライトが7:30でしたので早朝に5:15のバスに乗りました。朝早くから走っていることがとても良いです。

ヘルシンキタンペレ

フィンランド国鉄VR高速鉄道、行き帰りどちらも移動時間1時間30分。1人25€+21€で46€。

ヘルシンキストックホルム

Viking Lineという船。16:30乗船、17:30ヘルシンキ発、翌日10:00ストックホルム着で3人で88€でした。(これに関しては友達が予約したので内訳は分かりません。4人部屋を取ると88€ということかもしれません。)

ミュンヘンベネチア

Flixbusの夜行バス。8時間30分、60.19€。飛行機に比べると断然安いし、宿代も浮くと考えるとリーズナブルでした。

ベネチアミラノ

Trenitaliaの高速鉄道、2時間、29.90€。

ミラノカールスルーエ

Flixbusの日中バス。12:15ミラノ発、16:10チューリッヒ着。18:00チューリッヒ発、22:00カールスルーエ着で約55€。イタリアからスイスを突っ切ってドイツへ向かうので途中とてもきれいな景色が楽しめます。昼便ならではの楽しみですね。スイスのチューリッヒで2時間バスの乗り継ぎ時間がありましたが、バスターミナルがチューリッヒ中央駅近くだったのでカフェなどで時間を潰せます。ただ通貨がスイスフラン、そして物価が高いということもあって、カフェには入らずスーパーでチキンとビールをクレジットカードで購入しました。

トータルコスト

事前に予約した長距離移動の費用は合計約550€でした。

移動時間が気にならない旅ならバスを有効活用することをお勧めします。上に書いているようにバスはめっちゃ安いです。ただ、一番安いのかというとそうでもなかったりします。たまーにバスや鉄道よりも飛行機のほうが安いということも起こるのがヨーロッパ。ryanairはその格安航空の代表ですね。

 

ちなみに・・・上に列挙した長距離移動費に加えて、旅行先での移動費、宿代、食費、お土産等々を含めたトータルの費用は約1120€(約14万円)でした。

船での1泊、ストックホルムは友達の家に泊まったことや夜行バスなどもあったので、ホテルでの宿泊日数は5泊のみでした。ホテルも基本的にかなり安いところを攻めているので1泊あたり20€程度、トータル100€で済んでいます。 

ということは、食費、お土産で470€ぐらい使っていることになりますね・・・

感覚としては北欧、そしてベネチアは物価が高いのに夕食だと20€は超えるぐらい使ってましたし、寒い中、毎日13kmぐらい歩いていたからか、店内に入ってスイーツを食べたり、お茶をする回数も多かったので、これは仕方ないと言えば仕方ない出費ですね。

 

…てか14万も使ったんかぁ

使ったなあ…

 1月からしばらくは節約生活です。

 

さて、お次はフィンランド編。

 

KENGO