KENGO's memo

ドイツ、カールスルーエ研究留学・インターン体験記、日々の思考の備忘録、フィリピン留学回顧録など

Mayは移動の月

5月に入ってからカールスルーエからミュンヘン近郊に引っ越してきました。主にやることも研究活動からインターンに変わりました。5月は環境の変化が多かったので何もしていないのになぜか疲れているというような日々が多かった気がします。インターン先でも部署を横断して学んだり、顧客の抱える問題に対応するのに、あちこちに足を運んだりする日々でした。

生活

・生活環境の整理

まず2週間ぐらいかけて生活環境を整えました。

いまの家に移る前に知っていた情報は、「キッチン、冷蔵庫、テレビ、ベッド、机、シャワーがついている個室」ということだけだったので、「洗濯機」、「ネット環境」をどうしようかと考えていました。しかも引っ越した日にオーナーに聞いても「近所にはコインランドリーはない」とのこと。まあ人口4000人程度の田舎の村なのでどこの家も自分で洗濯機を持っているのが当たり前でしょう。ネット環境を構築するにもプロバイダー契約とかドイツ語できないし面倒だなあとか思っていましたが、引っ越した当日に隣の部屋の隣人(イケメンのボスニア人)にあいさつがてらネットのことを話したら、「俺の無制限だし、使っていいよ!」という話になりました。でもタダで使うのは気が引けたので彼の月契約料金の半額の15€を毎月支払うということで話を付けました。後日、「洗濯機ないなら俺の洗濯機も使っていいよ」という話になり、彼のおかげで面倒事が一気に片付きました。ほんま感謝しかないです。

その他にも生活用品がいろいろ不足していました。ただ、買い出しにいこうにも近所のスーパーはNettoが一つだけ。食品はある程度Nettoで揃うのですが、それ以外に生活用品(電球、電気ケトル、物干し紐など)を買いに行くには隣の駅(4km先)のところに行くか、25km先の都市部に行くかしか選択肢がありませんでした。2週目の週末に一気に買い出しをして、身の回りのものはほとんど揃いました。なので、いまは基本的に近所のNettoで食材の買い足しをしている程度の買い物で済んでいます。

・住民登録・ビザ

住民登録もオンラインで済ませました。が、のちのち確認するとそれですべてが完了しているわけではないようでした。これが済まないと、次の手続きに移ることができません。次の手続きとは「Residence Permit」つまりビザの件です。

「Residence Permit」はカールスルーエに居た時にすでに申請をしていました。その際は8月31日までの滞在を申告しました。ただその時に問題になったのは、申請時の12月末時点で、5月以降の企業でのインターンシップを証明する書類がないこと、加えてその時点ではまだインターンシップ先の企業を探している段階だったので次に住む場所も決まっておらず、次に移り住む住所の証明ができないことでした。4月末まではカールスルーエの大学での滞在証明があったので申請書類を受け取ってもらえ、その場では6月18日までの仮ビザ(らしきもの)をもらえたのでよかったのですが、それ以降、ビザ申請の手続きが完了したわけではありませんでした。

2月になってインターン先が決まったのとちょうど同じ時期に、ビザを申請したカールスルーエの外国人局のほうから「5月以降の滞在目的を証明する書類、5月以降の住所を証明する書類を提出してください」との催促の通達が来ました。まあ当たり前ですね。ただ、その通達があった時点で、「5月以降はカールスルーエを離れるけどどうすればいいのか」という旨を伝えたところ、「新しい住所で管轄の外国人局で仮ビザが切れる6月18日手続きを完了するように」と言われました。

先日ようやくその点について管轄の外国人局にメールを出しましたが、「まだ住民登録が完了していないなら、該当のビザに関する書類がカールスルーエから送られてこないので、まずは住民登録を済ませてくれ」との回答を得ました。6月の仮ビザ期限までにスムーズに手続きが完了できるのか、とても不安です。(アホなことに、ビザの期限のことを全く考えずにロンドンに6月末に行く計画を立ててしまっていました。どのみち、6月18日までにビザ申請完了させないといけませんが、いざいけなくなったらその分のお金がパアです…)

・旅行

生活環境を整える以外では、母親がドイツ旅行に来ていたので一緒にボンを観光をしたり、会社の同僚と近所で開催されていたラリーカーのレースを初めて見に行ったり、こっちでHellotalkを通じて知り合った同い年のマーカスと彼の地元で開かれていたVolkfestに行って飲みに行きました。(Volkfestは5月から各地で開かれている各地の地元民を対象にしたビール祭りみたいです)先週末はミュンヘンで日本人とドイツ人の交流をしているグループに初めて参加したり、同じ時期に留学中の大学の同期がこっちに遊びに来たのでノイシュバンシュタイン城レーゲンスブルクに行きました。と思っていたよりはまあまあエンジョイできています。

現時点で6月、7月の旅行も確定させました。6月は念願だったバルセロナとロンドンへ、7月はプラハザルツブルグミュンヘンから近くて行きやすいところへ行く予定です。バルセロナへはカールスルーエの時の友達とも合流できそうなのでとても楽しみです。

インターン中は長期の休みはないですが、会社の方が週40時間勤務(月~木は9時間勤務、金曜4時間勤務、ほかの人もだいたいそんな感じの働き方なのでびっくりです)と金曜午後から日曜までかなりゆとりのある週末があるおかげで、ある程度の旅行はできそうです。(が、帰国便のことも考えるとあまりお金がないので遠出もそこそこに控えないといけないジレンマ…)

また体力維持のためにもランニングも再開しました。ド田舎なので道が広く、走っていて気持ちいい景色が続くのが良い点。悪い点はところどころで家畜の屎尿のにおいが漂っていることです。気候も5月前半は雨が降ったりやんだりと不安定でしたが、最近は気温も25℃ぐらいになる日がほとんどなのでうれしい限りです。というかもう夏の気候になっているので、あまり無理して走ると危ないなとも思ってきています。

KIT

5月8日がKITでのインターンの最終プレゼンでした。7か月のインターン中の研究成果を発表する場だったのですが、準備していた通りの内容をスムーズに伝えることが出来ず、とても歯がゆい経験になりました。プレゼンではまず伝えたい内容の抽象化、そしてそれらをどのような言い回しでも具体的に伝えられる言語レベル、この2つの上達が必要だと思うのですが、「どうすればプレゼンテーションでも困らないレベルの英語に到達できるのか。」これが常に頭の中にあります。結局はある程度の言い回しは暗記に頼ること、そして場数を踏むことなのでしょうか?これから変えていきたいことの一つです。

最後にお世話になった研究所の人たちと記念写真を取ってお別れをしました。7か月もいたのに別れはあっけなかったです。KITで学ぼうとしていたことは、ドイツ語を上達させること以外はある程度達成できたのではないかと思います。タール除去技術を含めたガス精製技術の全体的なカテゴライズや各技術の特徴がつかめたこと、(もちろん触媒を用いたガス精製技術についても)、ガス精製技術だけでなく、原料の領域や最終利用として用いられる技術とのすり合わせがプラント設計の中で重要になるということを理解できたのはよかったと思います。研究の進め方のあれこれに関しては、自分が補佐的なポジションにいたこともあり、ある程度決まったことを指導教官の指示の下でこなしていくというスタイルでしたが、7ヵ月間の活動を通じて、帰国後の研究活動につながりそうなこともいくつか見えました。帰国後、研究室のプロジェクトの進捗具合によっては入学当初と全く違ったテーマになっていることも考えられますが、それはまたその時のことで。KITでの研究活動に関してはレポートを完成させて、一区切りです。(中旬に欠けていた実験結果が上がってきたのでレポート作成途中です…)

なにより、ドイツに着く前に予定していたインターン先から受け入れを断られていた中で、KITにいる期間でどうにかして代わりの、そして、自分の専門により近いインターン先を見つけられたことはよかったなと思います。

インターンシップ

インターンシップ先は小規模バイオマスガス化発電装置(ガス化ユニット、CHPユニット)を製造、販売している会社で、世界中、特にドイツでの導入数が多いですが、イギリス、イタリアへの販売数も多くなってきていて、最近はそれ以外の地域にもバンバン進出しています。日本にも進出しているので、日本の顧客と本社とのつなぎ役を買われてインターンを受け入れてもらいました。

会社へは家から徒歩15分、毎日朝8時ぐらいから夕方17時まで働き、金曜は午前中の4時間のみ(週40時間)という働き方をしています。KITのときもそうでしたが、朝7時ぐらいに働き始めている人もいたりして、帰る時間は15時から16時が普通っぽいです。正直まだその時間感覚に慣れていません。

5月の3週目までは現場の修繕や製造現場での各ユニットの組み立ての様子を見学しながら、各コンポーネントの理解を深めていました。みんな英語ができるわけではないので、適宜英語ができる人にあれこれ聞いたりしていました。現場での修繕ではかなりの肉体労働(ボルト締め、重い資材の運搬、コンクリ壁にドリルでおもいっきり穴を空けるなど)があるので、帰ると全身筋肉痛なんて日もありました。

4週目からは実際に日本の支社の方と顧客の方との関係を作り上げていくところから始まったのですが、配属された次の日から、日本で発生している技術的な問題の特定にむけて、本社側の経験ある方たちと問題を報告して解決策を話し合ったりと、いきなり実践の場に放り込まれた印象です。ある程度の共通知識を付けていないと何も対応できないですし、解決策を探ろうにも普段使わない英語を使ってコミュニケーションを取っていかないと具体的な解決策まで辿り着かないことを感じています。僕がたびたび発しているであろう意味不明な英語で社員の人のイラっとした顔をもう見なくて済むように、落ち着いて簡潔に話すことを心がけないといけないなとか思っています。具体的なことは守秘義務があるので(←どこまでのことかわかっていないけど)、あまり詳しいことは書けないのですが、8月上旬までのインターン期間で日本の運転率を向上させていきたいと思います。

また、顧客のサポート以外にも、日本語で書かれた運転マニュアルの翻訳修正も同時にやっています。基本的に日本への対応が優先、そのほかの時間はマニュアルの修正という配分なのですが、マニュアルの修正も日本人なら修正できるレベルの簡単な表現の修正から、その分野や機械の仕組みを知らないと分からない適切な日本語表現への修正まで修正の程度の幅が広く、そもそものマニュアルの構成についても「なんでこういう構成をしているの?」「これはどういう意味でここに使われているの?」というツッコみを入れたくなる箇所もたくさんあります。どこまで手を入れられるのか、翻訳を担当している会社との話し合いなども今後予定されそうです。

インターン中は大まかにこの2つの業務に取り組みますが、KITの時と違って、自分から動かないと進まない仕事ばかりがいきなり、そして大量にやってきたので、やりがいを感じるとともに、下手にへまを出来ないプレッシャーとその責任を感じています。もちろん会社側のリクエストだけでなく、自分自身でインターン中に知っておきたいこともあるので、そういうことをうまく時間を使って理解できるようになれればなと思います。

最後に

ドイツに来てからもう8か月が過ぎたわけですが、「ドイツの生活はどう?」と聞かれる度に考えるのは、「友達の存在」だったりします。食に関しても特に日本食が恋しいとか思わなくなりましたし、仕事の環境に対しても、あとはドイツ語がちゃんと話せるようになれればもう少し過ごしやすくなるのかなとか思うところもありますが、特に不満はありません。(というかむしろ日本の労働環境のことを考えるとドイツに残りたかったりもします)ただ、いかに仕事以外の時間を充実させるかについては、やっぱり友達の存在が大きいなと感じています。

カールスルーエの時と変わりなく、友達を作ることが非常に難しいです。人が集まってくる街中にいるわけでもないので余計に難しいです。ちょくちょく友達を作る努力はしていますが、それでも一人の時間が多いので、調べごとなどは捗りますが、やっぱり週末になると人が恋しくなります。

ま、そんなこんなで帰国まであと3か月。ビザの問題はまだありますが、6月になってくると帰国のこともそろそろ考えないといけなくなる時期なので、徐々に帰国後の日本での生活をどうするかというところにも目を向けていきたいと思います。

 

KENGO